時を超え安藤昌益先生をたずねて
「時を超え」とは言うものの,つい先ごろとも思える十八世紀の初め,安藤昌益は大館近郊の二井田に生まれた。謎の多い北東北の思想家の語る言葉に日々耳を傾けてみる。(管理人判断でコメント等は随時削除)
土と也で「地」というのは
「故ニ土ハ土也ニシテ転定ノ定ニ非ズ。」(刊本自然真営道 巻一 農山漁村協会版21-344)

 その前の箇所で「土と也を組み合わせて地とする漢字はおかしい」と言い,揺るぎない静的イメージで「地」と書くのは「妄失」とまで言っておきながら,ここでは「地は土と也で」と書いてスルーしてしまうのだから,読む方はやや戸惑いを覚える。
 この段で強調されているのは,大きくて広く静かな海に対する大地(土)の生産的で運動するイメージの対比である。それなのに,「土也」に由来する「地」の漢字を大地に充てるのでは,意味合いがあまりに静的に過ぎるからズレが生じるということ。

 昌益の書く物にはこのように多層的にたたみかける記述が多く,そもそもの「真栄道」的世界観に描かれる海・大地の位置づけと,漢字表記から来る意味合いとが重ねられてしまうので,本人でなければ分からないところが出てくる(?)。
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【2017/05/08 18:56】 | 日本思想 | トラックバック(0) | コメント(0) |
万物すべからく大地から生まれ
「今省ヨ。海ハ止静ニシテ能ク定マルナリ。故ニ定ハ海ナリ。省ヨ、土ハ木火ノ転ト金水ノ定トノ間ニ中体シテ、転定・気水、土ニ感合シテ、人・物ノ体皆土ニ見ハル。」(刊本自然真営道 巻一 農山漁村協会版21-344)

 このあたりの記述からは,昌益流世界観の大枠がよく分かる。
なぜ「天」ではなく「転」でなければならないのか、また、「地」ではなく「定」でなければならないのか、についてここで繰り返し書かれている。

 つまるところこの世界,人はいつも人間中心の小さい目で見ているから「天地」の二元的世界とだけ思いこんでいるけど,客観的に俯瞰するような目で見れば「転定」が互いに関わりながら運動し続ける無限に広がる一元的世界にほかならないと言うのだ。 
 しかも,その「転定」の中間に大地が在って,その土の中から生き物も人間も,その他の事物もすべて形作られるという話になる。
【2017/05/03 21:26】 | 日本思想 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「妙行」というのは
「故ニ万事・万物妙行ヲ尽ス,唯一物・一事ナリ。故ニ転定ハ五行・進退ノ一気ニシテ無始無終ノ一体ナリ。」(刊本自然真営道 巻一 農山漁村協会版21-343) 

 ここに顔を出す「妙行」の一語には,注意を払う必要がある。 
「妙」の一文字が出てくる文脈では,いつも一言で分かりやすく語ることが難しい動き・構造について語られているからである。(昌益先生が若い頃に禅寺で修行したことで,「妙」の文字に馴染みがあるというわけではないと思うのだが。)

 さて,ここでは「動き・構造」という点が肝心で,これは訳に書かれている「絶妙な」という形容詞一語では表し尽くせない意味が込められていると思う。
 文脈から考えれば「妙」を用いるときには,もっとはっきりした動き・構造をイメージしていたはずだ,と考えている。
【2017/02/12 18:20】 | 日本思想 | トラックバック(0) | コメント(0) |
比類無い世界像に
「定外ノ転ハ回リテ大ニ似レドモ,五行ノ進退ナリ。転中ノ定ハ止マリテ小ニ似レドモ,五行ノ進退ナリ。故ニ転定ハ五行・退進ノ一気ニシテ,大ニ似ルハ気ヲ主リテ軽ク,小ニ似ルハ形ヲ主リテ重ク,軽キハ木火ノ進気,重キハ金水ノ退気ニシテ自リ然ルナリ。」(刊本自然真営道 巻一 農山漁村協会版21-343)

 海の外を取り巻いて廻っている天空は木や火の「進気」が支配しているために軽いし,天空の中で小さく固まっているように見える海は金や水の「退気」が支配するから重いという。それら両者は結局,五行の進退運動がそう見えているだけのことで,天空と海は元来一つである。 
 天空も海も「五行・進退ノ一気」とすることで,この世界すべてが同じ一つの物質による一つの運動に帰するという究極の一元論を唱えている。

 ここで述べられている世界像は限りなく無機的かつ合理的なものであり,その世界像だけを取り上げれば,西欧近代の自然科学者たちが指し示した機械的自然観とほとんど変わらないように見えるのも確か。
【2016/12/08 20:22】 | 日本思想 | トラックバック(0) | コメント(0) |
転と定の相互互恵関係?

「木火ノ転気運回スルニ金水ノ健・玄ノ木具ハル,是レ転中ノ定ナリ。金水の定形止静スルニ木火・発動ノ木具ハル。是レ定中ノ転ナリ。土ハ之レヲ就革シテ全ク五行ノ一体ナリ。」(刊本自然真営道 巻一 農山漁村協会版21-343)


 大気の中を運回して止まない木と火の気の中に海の気である水や金の気がしっかりと備わって静かな安定をもたらしているし,水と金がその姿を現している海の中にも動きをもたらす木と火の気が備わっている。
 つまり,動いて止まない転の気の中には安定志向の定が備わり,静止しているように見える定の気の中には動きをもたらす転の気が備わっているということになる。
 
 そういう相互互恵関係にある(日中関係みたいに?)転と定を仲介し,時間的にも空間的にも,さらには領域的にも質的にも細部を区別しながら全体を統合しているのが「土」だというのである。
【2016/11/21 20:06】 | 日本思想 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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安藤昌益の言葉を日々少しずつ聞き取りながら,その真に意味するところについて,自ら問いかける試みを続けてみます。

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