時を超え安藤昌益先生をたずねて
「時を超え」とは言うものの,つい先ごろとも思える十八世紀の初め,安藤昌益は大館近郊の二井田に生まれた。謎の多い北東北の思想家の語る言葉に日々耳を傾けてみる。(管理人判断でコメント等は随時削除)
天が与えた物を食べるという話は
「転定,穀・万物ヲ生ズ。人,之ヲ取リテ食用スルハ,転之ヲ人ニ与フルカ。」(大序巻17-74)

 天が与えた物を人が食うという話は,あたかもキリスト教の教えのような趣だが,そう言えば昌益がもたらす視野そのものは一神教にやや近いものが含まれている。旧約聖書には「マナ」と呼ばれるパンの一種が出てくるが,昌益の「稲」も,実はそれに近いイメージで語られていると言っても,当たらずとも遠からずというところだろう。
 旧約聖書では,マナが人と神とを結びつける「糧」となるが,自然真営道では米が人と天(転)とを結びつけるエネルギーと化する,とも対比できるだろうか。大枠だけだが,多少似ている気がしないでもない。
【2009/11/07 10:12】 | 日本思想 | トラックバック(0) | コメント(0) |
昼と夜ばかりか息の吸い吐き,瞼の開閉までが生と死とは
「昼夜ハ生死ナリ,呼吸ハ生死ナリ。瞼(異字)ノ開合ハ生死なり,凡テ八門ノ互性ハ生死ナリ。」(大序巻17-72)

 一連の「生死」問答は延々と続き,反対のものは全部”生と死”なのか?ということになってくる。昼と夜は対立する自然現象だから「生死」に当たり,呼吸は対立する動作だから「生死」となる・・・まではいいけど,
 瞼の開閉から,顔の「八門」の動きはすべて「生死」に当たるというところまで来ると,これはどこまで行くのだろう?と思ってしまう。そう言えば,顔の器官の動きが”互性”だという議論が延々と続いたところが前にあったが,それがイコール「生死」だということになると,「互性」イコール「生死」だということになる,と解釈していいのだろうか?と考えていたら、
「故ニ生死ハ互性ノ名ニシテ・・・」
とあり、それでいいのであった。まったく、昌益の記述の論理的なのに二度驚く。
【2009/10/31 18:22】 | 日本思想 | トラックバック(0) | コメント(0) |
進めば生、退けば死
「活真進メバ生ナリ、退ケバ死ナリ。」(大序巻17-72)

 あたかも戦国時代の絵巻物に付いていそうな文句であるが、その意味するところは要するに生も死もニュートラル。人が勝手に善し悪し、吉凶の意味づけを付加しているだけのこと、という意味で書かれている。こういうところが、いわゆる”無神論”の始まりと言われる所以なのだろう。ほんとうに”無神論”なのかどうかについては、少々議論の余地はあると思う。
 ただ、ぞの後に「生の性は死、死の性は生」と繰り返しているから、『生も死も等価』という点については、彼の主張には曖昧さがない。生の中に死が含まれ、死の中に生が宿る、という考え方は今の常識でもある
【2009/10/17 05:41】 | 日本思想 | トラックバック(0) | コメント(0) |
人だけではなく天海,太陽,月,木星金星にも生死がある
「生死ハ互性ニシテ無始無終ナリ。故ニ転定モ生死ナリ。日月モ生死ナリ。回ト星モ生死ナリ。」(大序巻17-72)

 生きるも死ぬるも同じ,と言うのではないが「互性」にして始まりもなく終わりもないというわけで,結局は”等価”になる。
 ところが,「故に」からがすごいので,天も海も生き死にがあって等価,太陽にも月にも生死があって等価,木星,金星にだって生き死にがあって等価,という見過ごすことのできない議論となる。現在のような天文学の知識が皆無に近いような時代に,太陽にも星にも生き物と同じような生死がある,という考え方がすごいし,まあ客観性があって科学的とも思う。ただ,それ以上に『生死があって等価』という原理を万物に押し広めて考える思考法の斬新さに驚く。
【2009/09/12 21:43】 | 日本思想 | トラックバック(0) | コメント(0) |
人の生き方には始めも終わりもなく
生死ノコトハ無始無終ナル活真ノ自行,進退・互性ハ生死ナリ。」(大序巻17-72)

 ここは,やや信条告白的な言い回しとなっている。その文脈をたどれば,
『生き死にのことはすべて始めもなく終わりもない「活真」というこの世のエネルギーがひとりでに動いて起こる現象にほかならず,そのエネルギーが進んだり退いたりしながら関わり合うことが,つまり生きたり死んだりの現象となって現れる(のに過ぎない)』
というほどの意味になるか。
 これは,何とも醒めた言い方で,生きるも死ぬるも,単なる世界を動かしているエネルギーがそうさせているだけのこと,それが進めば産まれるし退けば死ぬのだから,つまりは産まれるも死ぬも同じこと,とでも言いたいのであろうか。
【2009/08/05 06:15】 | 日本思想 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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安藤昌益の言葉を日々少しずつ聞き取りながら,その真に意味するところについて,自ら問いかける試みを続けてみます。

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