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時を超え安藤昌益先生をたずねて
「時を超え」とは言うものの,つい先ごろとも思える十八世紀の初め,安藤昌益は大館近郊の二井田に生まれた。謎の多い北東北の思想家の語る言葉に日々耳を傾けてみる。(管理人判断でコメント等は随時削除)
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人為的なものから離れた
「此ノ真,無始無終ニ自リ感ズルニ此ノ妙徳・妙用ヲ具フ。行ヒ行フテ無窮ナリ。是レガ真自リ転定ヲ営ムナリ。」(刊本自然真営道 巻一 農山漁村協会版21-347)

 こうして読み進めていてなかなかイメージが湧いてこないのだけど,「真」というのはそもそも何を指しているのかということである。
 
 これまでも繰り返し書いてきたように「行ヒ行フテ」とか「自リ」とか,表現そのものは擬人的な言い回しが多い。
 しかしながら,文脈から来る意味合いからすると,それは「自然の中に潜むエネルギーの源」とでも言えばいいのか,人為的なものから離れた無機的な何かである。
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【2017/07/31 10:15】 | 日本思想 | トラックバック(0) | コメント(0) |
どこまでも「真」の営み
山沢ハ真ノ農耕用種ナリ。河川ハ真耕シノ用水ナリ。温・熱・涼・寒ハ真ノ直耕・八節ノ精力ナリ。風雨ハ真ノ息液,転定・気水ノ通用ナリ。奇ナルカナ。妙ナルカナ。」(刊本自然真営道 巻一 農山漁村協会版21-346)

 その前の箇所あたりからすべて主語は「真」であり,「真」というものをどこまでも擬人化して表現している。
 つまり,ここでの述べられているのは,「真」が山や沢から種を採り出し,河川から農耕用水を引き出しているという自然を動かす「真」の営みである。
 気候・寒暖の差は,作物を育てる「八節」を導くエネルギーとなる。そして,風は「真」の吐く息であり,雨は「真」の唾液であって,天地に満ちている大気や水の大きな循環の様子がアニミズム的に描かれる。
【2017/07/17 19:16】 | 日本思想 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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ouyuniedy3123

Author:ouyuniedy3123
安藤昌益の言葉を日々少しずつ聞き取りながら,その真に意味するところについて,自ら問いかける試みを続けてみます。

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