時を超え安藤昌益先生をたずねて
「時を超え」とは言うものの,つい先ごろとも思える十八世紀の初め,安藤昌益は大館近郊の二井田に生まれた。謎の多い北東北の思想家の語る言葉に日々耳を傾けてみる。(管理人判断でコメント等は随時削除)
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人為的なものから離れた
「此ノ真,無始無終ニ自リ感ズルニ此ノ妙徳・妙用ヲ具フ。行ヒ行フテ無窮ナリ。是レガ真自リ転定ヲ営ムナリ。」(刊本自然真営道 巻一 農山漁村協会版21-347)

 こうして読み進めていてなかなかイメージが湧いてこないのだけど,「真」というのはそもそも何を指しているのかということである。
 
 これまでも繰り返し書いてきたように「行ヒ行フテ」とか「自リ」とか,表現そのものは擬人的な言い回しが多い。
 しかしながら,文脈から来る意味合いからすると,それは「自然の中に潜むエネルギーの源」とでも言えばいいのか,人為的なものから離れた無機的な何かである。
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【2017/07/31 10:15】 | 日本思想 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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安藤昌益の言葉を日々少しずつ聞き取りながら,その真に意味するところについて,自ら問いかける試みを続けてみます。

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